
グローバル企業のリスクマネジメント - 海外子会社の保険を見直そう
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私は企業用賠償責任保険の引受担当者として、様々な企業様の賠償責任保険の組成をお手伝いさせていただいております。その中でも特に海外に拠点を持つグローバル企業様に対する保険の提案を中心にさせていただいており、お客様の海外子会社の保険手配を年間数十件程度担当しております。
しかし実感として、海外子会社の保険を日本の親会社できちんと管理できているグローバル企業の数はまだまだ多くありません。
海外子会社の保険は自分とは関係がない。そのように思っている保険担当者の方も多いのではないでしょうか。
企業のグローバル化とリスク管理
経済のグローバル化に伴い、日系企業の海外進出も急速な勢いで進んでいます。海外進出日系企業拠点数調査(外務省)によると、2020年10月1日時点での日系企業の海外拠点数は80,373拠点となっており、2010年10月1日時点での57,332拠点から大幅に増加しています。
こうしたグローバル企業がどのように海外子会社の経営実務を管理していくかというのは各社共通の課題です。
海外子会社から報告書としてあがってくる業績についての数字は親会社で把握できていても、そこには表れない海外子会社の体制を親会社が管理監督するのは困難です。
保険契約をはじめとするリスクマネジメント体制の整備も管理が困難なもののひとつです。本業にかかわる原材料や部品の調達基準などについては親会社側でコントロールができていても、海外子会社の保険契約まで親会社がきちんと管理できている企業は多くありません。
2015年の中小企業基盤整備機構の調査では、海外子会社を含めたリスクマネジメント方針・規程を整備している中小企業は全体のわずか15.4%となっており、多くの海外進出企業が適切なリスク管理体制をグローバルベースで構築できていないことが伺えます。
しかし、万が一海外子会社で大きな事故が発生したときでも企業の財務諸表を守るためには、保険契約は非常に大事なものです。
各国の海外子会社に現地の保険手配を任せきりという状態は、非常に怖い状態です。いざ大規模なPL事故(貴社の製品が原因となって他人をケガさせてしまったり、他人の財物を破壊してしまうような事故)が発生した際に、現地で十分な保険手配ができていなかったとなればどうなるでしょう。その保険手配ミスによる損失が親会社の連結決算に影響を及ぼす可能性があることを考えると、単に海外子会社の総務担当者の責任として済ますことはできません。
2015年に会社法が改正され、子会社に対する損失の危険の管理に関する規定、体制を整備することが取締役の義務として明確化されました。海外子会社のことは現地にまかせきりとするのではなく、その起こりうる損失に対してのリスクマネジメントを親会社主導で行うことは非常に重要です。
海外子会社の保険手配の問題点
あなたの会社は、海外子会社がどのような賠償責任保険に加入しているか親会社できちんと把握できていますでしょうか?
こう問いかけたとき、多くの回答は以下の3つのパターンに集約されます。
1. 全く把握できていない/海外現地に任せているので詳細はわからない
海外子会社の保険契約は現地の総務担当者に任せており、親会社は関知していないパターンです。
一般的には、海外子会社の保険は現地の保険代理店や保険ブローカーを通じて現地の保険会社と契約を交わすこととなります。しかし親会社の方できちんと管理をしていないうちに、海外拠点において保険契約自体を怠っており無保険状態となっていたり、保険料コストを削減するために支払限度額や補償範囲が限定された保険に現地で加入している可能性があります。
海外子会社は物理的な距離の遠さに加え、時差や言語の差、文化の差などが障壁となり、親会社の監視の目が届きにくくなります。親会社の知らない間に、現地で適切な保険手配がなされていない状態になっているかもしれません。さらに海外子会社のリスク管理レベルが親会社に追いついておらず、保険手配にまで考えが及んでいないような事態も想定されます。
また親会社および個々の海外子会社が横の連携を取らずに個別に保険に加入することで、グループ間で補償の重複が発生しているかもしれません。こうした場合、無駄な補償に対して掛け金を支払っていることになります。
こうした事態を避けるべく、親会社が主導してグループを横断した保険手配を行うことは非常に重要です。
2. 海外現地で加入しており、保険証券のコピーを取り寄せるなどして親会社で一括管理している
海外子会社に保険契約自体は任せているものの、きちんと毎年保険証券のコピーを取り寄せるなど、海外子会社の保険加入漏れ等がないように親会社で管理を行っているパターンです。
一見きちんとリスク管理がなされているように思いますが、この場合の問題点は、各国の海外子会社が個々に現地で保険加入しているため、スケールメリットが働かない可能性があることです。
一般的にPL保険は被保険者の年間売上高を元にして保険料が計算されますが、この売上高が大きくなるほどスケールメリットが働き、保険料が割安となります。
例えば年間売上高が50億円の企業Aと500億円の企業BのPL保険の保険料を比較した場合、Bの保険料は売上高が10倍だからといってAの保険料の10倍とはなりません。おそらく4~5倍程度の保険料でおさまるでしょう。こうした売上規模に応じて保険料が割安になる現象をスケールメリットと呼ぶことあります。
つまり連結ベースでみたら大きな売上高がある企業であっても、単体では売上高の小さな海外子会社が現地で個別に保険に加入していることでそのスケールメリットを生かせず、割高な保険料を払っている可能性があります。
また、海外子会社の現地の保険契約は現地語で書かれていることが多くあります。各海外子会社から保険証券をとりよせてみたものの、現地語が理解できないことには適切な保険内容になっているか分析できません。保険証券を集めることで管理しているつもりになっていても、本当の意味でのグループ横断的なリスクマネジメントができているとはいえないかもしれません。
3. 日本で手配している海外PL保険の被保険者としている
中には日本で加入している海外PL保険の被保険者として自社の海外子会社を含めて補償している企業もあるかもしれません。こういった保険のかけ方は、特に海外子会社が親会社の製品の販売のみを行っている場合によく見られます。
ここで注意が必要なのが、海外子会社に対する補償範囲を理解することです。
海外子会社を本邦の海外PL保険の追加被保険者とする場合、一般的にその補償範囲は限定的となっています。具体的には、海外子会社の補償範囲は「親会社の製品の販売行為」に起因するものに限定されていることが多くあります。
海外子会社が親会社の製品に何らかの加工を施していたり、販売行為だけではなく設置や修理などを行っている場合、それらの行為に起因するPL事故は海外PL保険の対象とならない可能性があります。
また、保険付保規制に抵触するリスクもあります。
保険は認可事業であり、原則として自国のリスクについては自国で事業免許を持つ保険会社と保険契約を締結する必要があります。海外直接付保(例:A国のリスクをB国の保険会社で付保)をすることは原則として制限されており、この規制を保険付保規制と呼びます。
保険付保規制の内容は国によってさまざまです。例えば中国は保険付保規制が厳格な国のひとつです。中国に所在するリスクを補償するためには、中国の保険会社と契約を結ばなくてはなりません。
つまり日本の保険会社と締結する海外PL保険の被保険者に中国子会社を含めていると、中国の保険付保規制に抵触している恐れがあるのです。
この場合、中国子会社でPL事故が発生しても「中国子会社に対して保険金が支払われない」「現地で損害サービスが受けられない」といった問題が発生するかもしれません。
海外子会社の保険をどのように手配していますか? |
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全く把握できていない/海外現地に任せているので詳細はわからない |
無保険状態になっていたり、十分な補償額がかけられていない可能性がある 補償の重複が発生している可能性がある |
海外現地で加入しており、保険証券のコピーを取り寄せるなどして親会社で一括管理している |
スケールメリットが生かせず、割高な保険料を支払っている可能性がある |
日本で手配している海外PL保険の被保険者としている |
海外子会社に対する補償が限定的になっている可能性がある 保険付保規制に抵触し、海外現地で保険金を受け取れなかったり損害サービスが受けられない可能性がある |
まず自社が現在海外子会社の保険手配をどのように行っているのかを把握する必要があります。その上で、上記のような問題点が発生しているようであればそれを是正するような保険プログラムを組成していかなくてはなりません。
(第2回に続く)
参考資料:
外務省 海外進出日系企業拠点数調査
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/ec/page22_003410.html
独立行政法人中小企業基盤整備機構 平成27年度 海外リスクマネジメント研究会
海外リスクマネジメント実態調査報告書