グローバル企業のリスクマネジメント - 海外子会社の保険を見直そう - (その 3)
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インターナショナル・プログラムは、親会社が日本で契約するマスター証券と、海外子会社が現地で契約するローカル証券によって構成されます。今回はプログラム構造について紹介してきます。
インターナショナル・プログラムの構造
まず、インターナショナル・プログラムの構成を決める必要があります。インターナショナル・プログラムの構成を決めるとはどういうことかというと、具体的には以下のような項目を決定してきます(賠償責任保険の場合)。
- グループ全体でどのくらいの支払限度額が必要か
- 免責金額をいくらに設定するか
- どの国でローカル証券を発行するか
1. グループ全体でどのくらいの支払限度額が必要か
インターナショナル・プログラムの目的は、リスクマネジメントを効かせてグループで統一した補償内容を導入することです。
賠償責任保険における支払限度額設定の難しさは、その上限は誰にもわからないということです。火災保険等の財物保険であれば、最大の損害額は建物や機械の価額となります。一方で賠償責任保険は「将来においてどのくらいの賠償金が発生する可能性があるか」を算定することは困難です。
とは言っても、何らかの基準を元に支払限度額を設定する必要があります。下記のような事例が高額な賠償金を負うことが比較的多いケースとなります。自社のビジネスにこうしたリスクが想定されるか、今一度検証することをお勧めします。
- 米国向けのリスク(米国に拠点がある/米国に輸出がある等)がある場合。米国は訴訟社会であり、万が一米国で事故が発生した場合は賠償金や訴訟費用が非常に高額になる可能性があります。
- 一般消費者向けの製品(自動車や化粧品等)を製造している場合。その製品に欠陥があると多数の被害者が同時に発生し、クラスアクション(集団訴訟)に発展し、高額な賠償金に発展する恐れがあります。
- 多くのお客様が集まる施設(ショッピングセンターや学校など)を運営している場合。万が一火災や爆発事故が施設で発生したとき、多くの被害者が発生し、高額な賠償金に発展する恐れがあります。
- 他社製品に組み込まれる部品を製造している場合。その部品の欠陥によって完成品に損傷を与えてしまったり、完成品が使用不能になってしまう可能性があります。もし完成品が高額なものであった場合、もしくは非常に多くの完成品に部品として組み込まれる場合、部品の欠陥により完成品メーカーに多額の損害を与えてしまう恐れがあります。
2. 免責金額をいくらに設定するか
日本では歴史的に企業用賠償責任保険の免責金額が限りなく低く設定されていることが多く、ゼロに設定されていることも多くあります。これは日本人の不確実性を回避することを好む国民性を反映したものと言えるかもしれませんが、実際には必ずしも「免責金額が低ければ低いほど良い」というものではありません。
保険は様々な機能がありますが、本来はリスクファイナンスの一種であり、「偶然な事故が発生した場合への金銭的な備え」です。恒常的に発生する少額の損害は「偶然な事故」とは言えず、こうした事故にも対応するように保険をかけていると自ずと保険料も高くなります。例えば10万円程度の事故が恒常的に発生しているような場合、10万円を1事故あたりの免責金額として保険設計をし企業が自己負担した方が、結果的にコストパフォーマンスのよい保険設計となるでしょう。
また企業の財務体力を考え、許容可能な一定の金額まではリスクを自己保有し、高額免責を設定するのも効果的なリスクファイナンスの1つの方法です。例えば自社の流動比率や当座比率を分析し、万が一事故の際にリスク保有可能な金額を免責金額として設定する方法も有効です。
一方で、インターナショナル・プログラムを組成する際の免責金額の設定には注意が必要です。グループ全体の財務内容が健全であり、免責金額1億円を自社のリスクとして保有しても問題ないという場合を考えます。一方で個々の海外子会社の財務内容を見たとき、必ずしもすべての子会社が1億円の免責金額を許容できるとは限りません。インターナショナル・プログラムにおける免責金額は、グループ全体の財務内容の他、個社の事情も勘案して設定する必要があるでしょう。
3. どの国でローカル証券を発行するか
海外子会社を補償するためにはローカル証券を発行する必要があります。ローカル証券とは、海外子会社に対して現地の保険会社が発行する保険証券のことをいいます。
第1回で述べたように、ローカル証券を発行せずに日本の保険会社が発行する海外PL保険などの被保険者として海外子会社を補償していた場合、保険付保規制に抵触する恐れがあります。その場合、保険金を海外子会社に送金できないといったような問題が発生する可能性があります。
こうした問題を回避するために、ローカル証券を発行します。ローカル証券を発行すれば、海外子会社で事故が発生した際はこのローカル証券が発動し、現地で保険金を支払ったり損害サービスを受けたりすることが可能となります。
一方で、ローカル証券を必ずしも発行する必要がない場合もあります。例えば香港などは保険付保規制が緩やかな国であり、日本の保険会社が発行する海外PL保険の被保険者に香港所在の子会社が入っていたとしても、問題なく香港へ保険金を送金できると解釈されています。この場合、香港子会社のために現地で必ずしもローカル証券を発行する必要はありません。
ただそうした場合でも、ローカル証券を発行することで香港現地に保険会社の窓口ができ、なにかあった場合に現地語で相談ができるという強みはあります。
こうした点を鑑みて、海外子会社の所在国において保険付保規制があるのかを確認し、どの国でローカル証券を発行するか決定していきます。保険付保規制に関する情報は保険会社や保険代理店、ブローカーに相談するとよいでしょう。
インターナショナル・プログラムのイメージ図
日本で発行するマスター証券と海外現地で発行するローカル証券を組み合わせ、親会社と海外子会社を補償していきます。緑の箱がマスター証券の補償範囲、青の箱がローカル証券の補償範囲のイメージです。
香港のように保険付保規制が緩やかな国に所在する子会社は、ローカル証券を発行せずにマスター証券で補償することが可能です(このように海外子会社をマスター証券で補償することをGround-upといいます)。一方で中国やドイツのように保険付保規制が厳格な国に所在する子会社を補償する場合、現地でローカル証券を発行する必要があります。
箱の高さは支払限度額を表し、箱の奥行きは補償範囲の広さを表しています。ここで見てわかるように、中国およびドイツで発行するローカル証券は箱の高さがマスター証券よりも低く、奥行きも小さくなっています。
それぞれのローカル証券と本国のマスター証券の補償範囲および支払限度額は、各々の拠点の潜在的なリスクの大小とリスクの様態を検討・考慮して決定します。このとき、より大きな、かつ広範なリスクを抱えるのは本国の親会社と判断される場合が多いでしょう。そのためマスター証券で広範な補償範囲を備え、各海外拠点が契約するローカル証券では基本的な補償範囲および最低限の支払限度額のみを用意するケースが一般的です。
その結果、マスター証券とローカル証券の補償内容や支払限度額に差異(ギャップ)が発生することとなります。こうした問題を解決するためのソリューションがDIC(Difference in conditions)とDIL(Difference in limits)です。
DICとDIL
もしマスター証券とローカル証券の間に補償範囲の差があった場合、その差異はマスター証券が補てんすることとなります。これをDICといいます。
例えば、PL保険のインターナショナル・プログラムを考えてみます。マスター証券には基本補償となるPL事故の補償に加えて、リコール(製品回収)費用を補償する特約が付帯していたとします。一方で、中国で発行するローカル証券では基本補償のPL事故の補償しか手当てされておらず、リコール特約を付帯していなかった場合を想定します。マスター証券とローカル証券の補償範囲にギャップが生じている状態です。
万が一中国子会社でリコール事故が発生したらどうなるでしょう。ローカル証券にはリコール特約が付帯されていないため、リコール費用に対して保険金を支払うことができません。このとき、マスター証券に付帯されているリコール費用特約がローカル証券に代わって発動し、中国で発生したリコール事故に対して保険金を支払うこととなります。これがDICです。
またマスター証券とローカル証券の間に支払限度額の差があった場合、その際はマスター証券が補てんすることとなります。これをDILといいます。
こちらも例を挙げます。ドイツのローカル証券の支払限度額が100万ドル、マスター証券の支払限度額が500万ドルだったと仮定します。もしドイツ子会社において300万ドルの事故が発生した場合、まずローカル証券から100万ドルの保険金が支払われます。そしてローカル証券の支払限度額の不足分200万ドル(損害額300万ドルとローカル証券から支払われる100万ドルの差額)は、マスター証券が発動し、マスター証券から200万ドルが支払われることとなります。これがDILです。
このようにインターナショナル・プログラムでは、マスター証券とローカル証券、およびDIC/DILを組み合わせ、グローバルで統一した補償内容の保険を導入することが可能となります。
(第4回へ続く)